日本人のわすれもの

2009年11月24日 | 0comments | 0trackbacks

フジテレビの番組で「日本人の忘れ物」というのを放送していました。
三夜連続の三部構成になっていたようですが、どれもちゃんと見ることが出来ず残念でした。

ただ、三日目の最後だけ少し見ることが出来て、北野武さんの作文が印象的でした。
内容は、「日本人が持っている、推し量る文化。全部言わない文化。自己主張しすぎない文化。時代の移ろいと共に、欧米の文化的環境に合わせなければならなくなってくるにしたがって、推し量るのではなく、自己主張して、全部話し合わなければならなくなってきた。」というようなものだったと思います。

わたしも、リッツカールトンで多くの事を学び、自己主張の必要性や、目標設定とアクションを明確にすることがプランを組み立てる上で重要だ、などと様々な場所に言って話しています。
もちろんそれはそれで正しい事だとおもっているけれども、ホテルなどでも、声の大きなお客様(主張の強いお客様)に対しては、弱腰になる所があって、言うとおりにすることが多くて、何も言わないお客様に対しては、敢えて余計なサービスをしない(何も言われてないから)という事が多々あって、日本人的でいる事が、「損をする」ような環境にあるなあ、と改めて考えさせてもらいました。

そう考えると、距離感のなくなってきた世界環境においては、日本人が昔ながらの日本人でいる事は、難しくなっているのだと思わざるを得ません。日本人にはそれを時代の流れと受け止めてしまえる、ある意味度量の大きさと言うか、ある意味自己の希薄さというものがあるのかもしれません。
でも、武士道が見直されたり、国家の品格という本を読んで頷いている人が沢山いるということは、日本人の人としての理想はあまり変わっていない事の証であると信じたいし、そういうことを自己主張せずとも、本当はみんな分かっている、とみんな思っていて、その意味では自己主張せずとも、皆まで言わずとも、推し量れているのかもしれません。

ひょっとすると、忘れているのではなくて、「皆まで言わない」だけなのかもしれません。

最近、子供向けのキャラクターに「シンケンジャー」と言うのが出てきていて、日本刀や折り紙などがアレンジされていたり、「オトメン」や「サムライハイスクール」などの漫画がテレビ化され、若者に指示されているなど、武士の勇ましさや潔さが、見直されているようにも感じます。

婚礼の業界でも、和婚ブームといわれています。アメリカイズムに陥っていた日本が、日本らしさを少し見直し始めたということなのでしょう。

因みに我が家の孫たちも、日本刀のおもちゃを持って戦いを挑んできます。
家に帰るたびに日本刀で切られているわけですが、古きよき日本の文化や意識のようなものにあこがれている私としては、孫の挑戦を受けざるを得ないという所です。おもちゃとはいえ、結構痛いものですよ。

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