「安心の領域」について-14-

2011年08月29日 |

「安心の領域」を意識して、清潔感や感じのよさを感じてもらうことによって、
相手の「安心の領域」に少しだけ入ることが許されます。
第一関門クリアーってとこです。

あなたは、更にお客様の「安心の領域」の奥に入らせてもらわなければならないのです。
お客様により満足していただくために。

あなたがお客様の「安心の領域」の奥に入るということは、
そのお客様が顧客になってくださる可能性を広げていきます。
                     
では、更にお客様の「安心の領域」の奥に入らせていただくためにはどうすればいいのでしょうか。
何をすればそうなっていけるのでしょうか。

ここでもう一度考えてみましょう。

人の「安心の領域」には“いくつかの層”があります。

あなたは、感じのよさを相手に感じてもらうことによって第一の層に入ることができました。
次の層に入るためには、その層にどんな人たちが入ることを許されているのかを考えなければなりません。
次の層には、近くに住んでいる人や、挨拶を交わす程度の知り合いなどでしょうか。
つまり、そんなに親しくはないが、少し長い間の付き合いがある人たちということになります。
浅く広く適当に長い期間知っている人、そんなに言葉も交わさないが挨拶くらいはする人たちです。
“顔見知り”という程度の人たち。
お互いにお互いをもっと知ろうという努力をしてきていない人たちということになります。

その次の層はどうでしょうか。
友達層ということになるのでしょうか。
挨拶程度ではなく、世間話や趣味やファッションの話もする。
一緒に遊ぶこともある。
自分とのパラダイムの共通点をいくつか持っている、そんな人たちでしょうか。

その次はどうでしょうか。
親友・幼馴染の層でしょうか。
自分の事をある程度分かってくれている人たちの層ということになります。
ある程度心を開いていろんなことを話したり相談したりできる人たち。

その次は家族の層です。
親や兄弟など、一番長いお付き合いの人たち。自分を曝け出せる相手です。
愛情を感じている人たちともいえます。

その次が、恋人や夫婦関係でしょうか。

あなた自身の「安心の領域」のそれぞれの場所(層)には誰がいますか。
そして、そのそれぞれの層の人たちに対してあなたはどのように接していますか。
あなたが心を許す度合いはそれぞれの層の人たちに対してどのように違っていますか。

「安心の領域」について-13-

|

『「安心の領域」の外側においている相手には文句や苦情を伝える労力すら使わない』
文句や苦情を伝えることは結構な労力を使うものです。
体力を消耗します。
気分的にも嫌なものです。

だから、お客様が苦情をおっしゃることはとてもありがたいことなのです。

なんらかの交流関係ができていなければ、苦情すら言うに値しない相手ということになるのです。
だって、お客様にとって苦情や文句を言うという行為は、それなりエネルギーを使う行為だからです。
エネルギーを使うということはその先に何らかの期待を持っていなければ出来ないことです。
エネルギーを使ってまで苦情を伝えるより利用しなければいいわけですから。
その方がお客様にとっては楽ですし、誰も文句など言いたくないのですから。

そんな状態であれば絶対に利用なんかして貰えませんよね。
分かりきった話です。

苦情はもらわないほうが良いのですが、苦情ももらえないよりはずっといいのかもしれませんね。
苦情というのはお客様の側から見た私たちの欠点を教えてもらうことなのですから。
お客様がエネルギーを使って苦情を言ってやろうと思ってくださるように、
まず、第一関門を突破しておかなければ・・・、ですね。

「安心の領域」について-12-

2011年08月28日 |

自覚できていないことを改善するには“気づき”が必要です。
“気づき”を得るには何か特別な技術が必要なのでしょうか?
“気づき”には何か厳しい訓練が必要なのでしょうか?
いいえ、そんなもの必要ありません。
相手の「安心の領域」を常に意識し、
まず、第一関門を突破して第一線の内側に入れてもらいたいと思って、
笑顔で感じの良いふれあいをすること。
ただそれだけなのです。
感じの良いふれあいって分かりますよね。
来ていただいたこと、電話をいただいたことを、喜び感謝して精一杯応えること。
常に清潔を心がけ、第一印象を大切にすること。
ただそれだけのことです。

初めてあなたとふれあうお客様があなたの第一印象を感じよく思わなければ、
何も言わずに去っていって、二度と戻ってくることはありません。
つまり、そのお客様の「安心の領域」の枠外に置かれているときは、
お客様が我慢できないほどひどいミスやトラブルなどがない限り、
苦情を言ってもらうことすらできないということです。

文句を言ったり苦情を言ったりする気持ちの中には、何らかの期待が含まれているのです。
ですから、何のリレーション(交流)もない相手に対しては何の期待もないわけですから、
何も言わずに去ってしまうのです。
つまり、「安心の領域」の第一関門の外にいる相手に対しては、
ほんのちょっとした印象の悪さでも拒絶してしまうのです。
だって、「安心の領域」の中に入れるかどうかはお客様自身が勝手に決めるいいことなのですから。
あなたを自分の「安心の領域」の中に入れなければならない理由は何もないのです。
お客様との最初の関係はそのようなものなのです。
難しいですね。

「安心の領域」について-11-

2011年08月26日 |

初めてコンタクトのあったお客様とのふれあいの場面で、
予約の状況を確認するお電話をいただいてご利用いただける日時をご案内できたのに、
「考えてまた連絡します」などといって電話を切られてしまった経験ありませんか。

全てがそうだとは言えませんが、
あなたが「安心の領域」を意識していなかったために、初対面を感じよく演出できず、
初めてご連絡いただいた大切なお客様や逃してしまったのかもしれません。

でも大抵の場合、あなた本人はそのことの重要性に気付いていないのです。

なぜなら、あなたは自分の側に原因があるのではなく、
『お客様の都合で予約することができなかったんだろう』と思っているからなのです。
『必要ならまた電話してくるだろう』くらいに認識しているからなのです。
だって、お客様の予約を入れ忘れたわけでもなく、何か気に障るような口答えをしたわけでもなく、
大きなミスやトラブルを犯して苦情を引き起こしたわけでもないからです。

なぜお客様は逃げてしまったのでしょうか。

それは、あなたがそのお客様の「安心の領域」の第一線の中に入れてもらえなかったからです。

あなたがそのお客様に第一印象として何も感じていただくことができなかったということです。
そのお客様にとってあなたはまだ意識の外の存在でしかなかったのです。

そのお客様にとってどうしてもあなたに注文しなければならないことはなかったのです。
だって選択肢はたくさんあるのです。
“なんだか感じが良くなかった。なんだかフィーリングが合わなかった。”などという理由で
他の選択肢に行ってしまうのです。
ほかに選択肢にコンタクトを取った時に、あなたより感じがよければそっちに決めてしまうのです。

これは、ある意味大きなミスやトラブルを犯すよりも、大変な失敗といわなければなりません。
でも殆んどの人が気付かないで過ごしてしまうのです。
本当にこわいことだと思いませんか?
気付かないうちにお客様を失っているのですから。

でも、自覚できていないことを改善するのは難しいことですよね。

「安心の領域」について-10-

2011年08月25日 |

「安心の領域」の第一関門を突破するにはどうすればいいか。

相手から“感じがいい”と思ってもらえるようにすればいいのです。

相手から感じがいいと思ってもらうために気をつけなければならないことはなにか。

その殆んどが第一印象の部分に当たることです。

見た目の清潔感。
最初に交わす言葉と声の明るさ。
きちんとした言葉遣い。
名刺の出し方、受取り方。
挨拶の仕方。
そして笑顔。

“人は見た目で判断してはいけない”とか、“人は見かけによらない”とか、よく言われることですが、
ホテルなどのホスピタリティ産業においては、“第一印象がもっとも大切”といっても言い過ぎではありません。
なぜなら、全てのお客様と私たちの間に“最初のふれあい”があるからです。

初めてホテルにお越しいただいたとき、初めてそのお客様と接したスタッフの第一印象の良し悪しが、
もう一度来ていただけるかどうかを決める大きな要因となるからです。
あなたがお客様として初めてのお店に行って、愛想の良くない店員に入り口で応対されたとき、
この店にまた来ようと思いますか?

お客様が短気な方であれば、最初に出会ったスタッフに笑顔がなかったからという理由で、
そのまま帰ってしまう事だってありえるのです。
予約をしようと思って電話をしてこられたときに、その電話に出たスタッフの言葉遣いが気に入らないからといって、
予約せずに電話を切ってしまわれるお客様だっていらっしゃるのです。

つまり、挽回の余地をいただけないまま、コンタクトが取れなくなってしまうことになるのです。
考えてみれば、これは非常に恐ろしいことなのです。

何か大きなミスをしたわけでもなく、何か大きなトラブルが発生したわけでもないのです。
私たちの気付けていないところで、お客様の気分を害していることになるのです。
ほんの少し、「安心の領域」の第一関門を意識して、
笑顔で、ちゃんとした言葉遣いで、感じのよい第一印象を考えていれば、
第一関門を突破することができたかもしれないのに。

そこには、経験の深さや卓越した技術が必要なのでしょうか?
そこには、自分を犠牲にした仕事への大きなこだわりが求められているのでしょうか?

「安心の領域」について-9-

2011年08月21日 |

「安心の領域」についていろいろ考えてきましたが、皆さんはどのように理解されているでしょうか。
講演会やスタッフ教育などの場では、どんな理解をされているのか伺うこともできるのですが、
ブログ上では一方通行でなにやら不安がありますが、仕方がないのでこのまま続けることにします。

「安心の領域」を意識する上で考えるべき要素がいくつかあります。

その一つが“感じのよさ”です。

「安心の領域」というのは、一人ひとりが個別に持っている感覚なので、
画一的な概念として捉えることはできないのですが、
不特定多数のお客様と接するホテルなどのホスピタリティ産業で働く私たちにとって、
最低限気をつけていなければならない要素が“感じのよさ”です。
この要素にすら無頓着であれば、一番外側の領域にすら入ることを許してもらえないでしょう。

“感じのよさ”のキーワードは、清潔感・笑顔です。
髪型・メイク・爪・服装・靴・態度・話し方・姿勢・言葉使い、などに注意をしなければならないのは、
お客様の「安心の領域」に対する第一関門を突破するための必須条件だからです。
まず、第一関門を突破しなければ、第二関門に進むことはできないのですから。
自分の趣味や個性も大切かもしれませんが、
あくまでも“お客様の「安心の領域」に対してどう映っているのか”ということが大切なのです。
「人からどう見えているか」ということに興味を持たなければいけないということです。

印象の良さが大切ということですね。

制服のボタンが取れていたり汚れていたりすることで
お客様が感じよく感じてくださるかどうかを考えなければならないということです。
笑顔でお迎えせずにお客様が「感じいい」と思ってくださるかどうか
考えなければならないということです。
ちゃんとした敬語を使えず、ちゃんとした発音で話せずに電話応対をして、
感じよく思っていただけるかどうかを考えなければならないということです。

求められていることは、誰から見ても“感じがいい”ということです。

逆に考えれば、どんなに長い経験を持っていても、どんなにすばらしい技術を持っていても、
“感じがいい”と思ってもらえなければ、
経験も技術も宝の持ち腐れになってしまうということです。

だって、「安心の領域」の第一関門を突破できないのですから。

あなたは、お客様から“感じがいい”と思っていただいているでしょうか。
そう思っていただくためにどんな努力をしているでしょうか。

「安心の領域」について-8-

2011年08月20日 |

ホテルなどホスピタリティ産業に従事する私たちにとって、
お客様に満足していただくことは、当たり前の目的であり究極の目標でもあります。

その目的・目標を達成するために、私たちは日々努力をしているわけですが、
その目的・目標の対象であるお客様のニーズ・希望を知る努力をせずに、
達成はありえないということはあなたを含めみんなが分かっていることです。
その為にあなたがしなければならないことは、
お客様に本当の気持ちを打ち明けていただくことではないでしょうか。
お客様に本当の気持ちを打ち明けていただくためにできることとは何でしょうか?

「胸襟を開く」という言葉があります。
心の中を打ち明ける、という意味です。

人間が胸襟を開くのは、どんなとき、どんな相手に対してなのでしょうか。
それは「安心の領域」のどの部分に入ることを許された人に対してなのでしょうか?
あなた自身に置き換えて考えてみましょう。

洋服を買いに行ったとしましょう。
あなたは自分のファッションに関する好みをもっています。
好きな色合いやシルエット、襟の形や、丈の長さ、今持っている靴や鞄とのコーディネイトなど、
洋服を購入する上で考えたい要素が様々にあります。
仮に、あなたが訪れたブティックの店員が、あなたの好みや要素を全く無視して、服を選び始めたとしたらあなたはどう思いますか?
あなたを理解しようとせずに、よく売れている服ばかりを勧めてきたとしたらあなたはどうしますか?
その店員から買いますか?
また、その店の店員があなたから見てセンスの悪いファッションをしていたとしたら、
どう見ても趣味が悪いとあなたが感じる人だとしたら、あなたはその店員が勧める服を買いますか?
さらに、その店員が態度の悪い、笑顔も見せない、敬語もろくに使えない人だったら、
あなたはその店で服を買いますか?
あなたは、自分の「安心の領域」にその店員が入ることを許しますか?

「安心の領域」について-7-

2011年08月16日 |

前回から、私がリッツカールトンにいた時に起こった一つの事件を通して、「安心の領域」について考えています。
このプロカメラマンには『ホテルのカメラマンである』という信頼に値する土台があります。
だから、お客様は「ちゃんとした仕事をする」ということにおいての疑いは持っていません。
でも、お客様はこのカメラマンのことを全くといっていいほど知りません。
カメラマンも同じです。
その状態で「安心の領域」の奥に入れるはずがありません。

以前に紹介した、スティーブンコーヴィー博士著“七つの習慣”の「第五の習慣」に
“理解してから理解される”というのがあります。(このことについては別の機会に話したいと思いますが)
これに書かれていることは、自分を理解してもらうためには、
まず、相手を理解するところから始めなければならないということです。
理解の度合いが深まる毎に、「安心の領域」のより深いところに入っていくことができるわけですから、
いい仕事をするために、まず、相手を理解することが大切になってくるわけです。

この場合、カメラマンがしなければならなかった努力は、新婦様を理解する努力であったということです。
簡単に言うと、新婦様と接する時間をもっと多くすることが必要だったということです。
新婦様がより美しく写る角度や新婦様の輝く表情を事前に知る努力です。
そういう努力をしてくれていることが新婦様の心を開かせることにつながるのです。
なかなか大変なことですが、
“いい仕事をする、お客様に満足していただく”というのは簡単なことではないということです。

それまで全く知らなかった人と、ほんの数十分ほど接して話しただけで理解することなどできません。
家族や友人など良くわかっている人を満足させる事だってとても難しいことなのですから、
全く知らない人を、しかも仕事として満足させることが簡単なはずはありませんよね。

「安心の領域」について-6-

2011年08月15日 |

以前に「安心の領域」を考えさせられるこんな事件がありました。
リッツカールトンで働いていた時のことです。

婚礼のスナップ写真が仕上がったのでご自宅にお送りしたところクレーム(苦情)が付きました。

写真室では通常お客様にお渡しする前に出来上がりをチェックしています。
そのスナップ写真についても特に問題点はなかったとのことでした。
つまり、お客様が何に対して苦情を仰っているのか見当が付いていませんでした。
事前に苦情の原因を探ってみましたが見つからず、仕方なくその状態でお客様のお宅を訪問することにしました。

お客様宅に着くと、プロカメラマンが取った写真と新婦のお兄さんが取った写真を比べて見せられました。

驚いたことに、二つのアルバムの中の新婦様の表情があまりにも違っていました。
お兄さんの取られた写真の新婦様はきらきらと輝いていらっしゃいました。
プロの写真の新婦様が無表情ということでもなく、ちゃんと撮れていないということでもありませんでしたが、お兄さんのアルバムの中の新婦様とは別人のような表情でした。

つまりこういうことです。
本当の心からの表情をお兄さんには見せていたということです。
自分の婚礼のスナップ写真を注文しているプロカメラマンですから、「安心の領域」に入ることを許していないわけではありません。
でも、自分の「安心の領域」の一番奥に入ることを許しているお兄さんに見せる表情と同じ表情は、プロには見せてくれなかったということです。

逆に言えば、プロカメラマンはその新婦の最高の写真を撮るための努力として、新婦の「安心の領域」を意識できていなかったということです。

本当に満足していただける仕事をするために何が必要なのかを教えられた事件でした。

「安心の領域」には“層”があるということを話しました。
前出のプロカメラマンはそれを意識していなかったためにクレームを受けることになってしまいました。
そのカメラマンは「こんな苦情は初めてです。」と言っていました。
お客様が厳しすぎたのでしょうか?(そういう見方もあるかもしれません)
たまたま心の固い新婦様だったのでしょうか?(ある意味そうなのかもしれません)

でも本当は、どちらも違っています。

もしも、お客様が厳しすぎたのであったり、たまたま心の固い新婦様だったとすると、
そのカメラマンは「運が悪かった」という結末になって、悪いのはお客様の方ということになってしまうからです。
この事件の原因は、そのカメラマンが「安心の領域」のことを意識していなかったことなのです。
どうすれば、一番いい笑顔の写真が取れるか、ということを考えていなかったということです。

では仮に、このプロカメラマンが「安心の領域」を意識していたとしたら、何ができたのでしょうか。
「安心の領域」の“層”の一つでも二つでも奥に入ることを許してもらうためにできることとは
何なのでしょうか。
あなただったらどうしますか?

「安心の領域」について-5-

2011年08月14日 |

前回、自分が所属している“群れ”の仲間に対して同じ接し方をしているかどうかについて問いかけていましたが、
あなたの答えはいかがだったでしょうか。

みんなに同じ接し方をしているでしょうか、それとも違っていたでしょうか。

同じ“友達”“仲間”でも、何でも話せる相手とそうでない相手がいるでしょう。
一緒に旅行に行こうと思う友達と、そうでない友達がいるでしょう。
話す内容や接し方も相手によって変えていませんか?
それっていったいどういうことなのでしょうか。

一応あなた自身の判断で「安心の領域」に入ることを許している相手なのに、どこで差をつけているのでしょうか。

犬や猫などの動物は自分の「安心の領域」の存在を具体的な自分との距離や態度(威嚇など)によって相手に示します。
人は、例え空いている電車の中で隣に座ることを許す相手でも、心の中を全てさらけ出して話すとは限らないのです。
つまり、物理的距離としての「安心の領域(パーソナルスペース)」以外に、心の「安心の領域」を持っているということを示しています。

そして、「心の安心領域」には“層”があるということを示しているのです。
つまり、自分の「心の安心領域」のどこまで入ることを許す相手なのかということを認識・判断しているということです。
例えば、顔見知り程度の人は一番外側の層まで、友達領域はその次位の層、といった具合に。
実際に目に見える線やバリアーのようなものがあるわけではないので、この人は自分から5メートルとか、
この人は3メートルとか具体的に示すことができるものではありませんが、
意識・感覚の線が引かれていて、最も自分に近い線の中に入ることを許しているのは、家族であったり、恋人であったりするわけです。

自分の本当の心、本心を打ち明けて話す相手はとても限られているということです。

普段何気なく接している人たちとの間で、自分が無意識に話す内容や自分の心を打ち明ける度合いを相手によって判断して変えていることはありませんか。
このことは、恐らく全ての人がそうしていることだと思います。
誰にでも本心を話している人などまず居ないでしょうから。

人間は誰でも「心の安心領域」を持っていて、その領域のどの部分に誰を入れるかを判断しているということです。

このことが私たち、サービス業・ホスピタリティ産業で働いているものにとってどのように関係し、どのように意識すべきなのでしょうか。

「安心の領域」について-4-

2011年08月10日 |

皆さんご承知のことと思いますが、多くの動物は群れを作ります。
“類は友を呼ぶ”なんて諺もあるとおり、例に漏れず人間も動物であるので、群れを作ります。
というより、群れたがる習性を持っています。

人間の場合は、群れとは言わず“仲間”とか“家族”などと表現します。
血のつながりや趣味のつながり、意識や思想のつながり、もっと簡単に気が合う、なんとなくなど、群れ方にはいろいろあります。

群れを作るということは、近くに来てもいい存在ということです。
趣味が合う、共通の話題がある、同じサッカーチームを応援している、などの理由で、肩を抱き合って一緒に飲みたくなるわけです。
つまり、そんな人たちなら、空いている電車の中でも、他の席がどんなに空いていても“自分の横に座ってもいい人”という認識になり、自分の「安心の領域」に入ってもいいことになるのです。

住んでいる家が近くで顔見知りだとか、郷里が一緒だとか、そんなことでもまったく関係のない人に対しては持たない親しみを感じたりするものです。
つまり、自分との共通部分や、共感できる部分(共通の話題があるなど)があるだけで、親しみを感じて、自分の「安心の領域」に入れる対象になるのです。

さらには、服装やマナー、話し方や職業、肩書きなども安心感や親近感の対象としてみているものです。
そしてそういう相手は、自分の安心の領域の中に入ることを許すのです。

以前に、「パラダイム」ということについて話したことがありますが、ここで少し思い出してみたいと思います。
「パラダイム」はその人が世の中を見ている“心のめがね”、“価値判断の基準”のことです。
この「パラダイム」というのは、「その人が育ってきた環境」「その人が受けてきた教育」「その人がしてきた経験」「その人の宗教観」などといった要素が大きく影響しているのです。
だから、「環境」「教育」「経験」「宗教観」が全く同じ人はこの世にいないでしょうから、おなじ「パラダイム」の持ち主もまたいないはずです。
なので、人はそれぞれ個性を持ち、何か起こった出来事に対してもそれぞれ異なった反応や意見を持つことになるのです。
でも、同じ学校出身という良く似た「教育」を受けた仲間や、同じ趣味という「経験」を持つ仲間というのはいます。
つまり、「パラダイム」に影響を及ぼす一部の要素に共通点がある人同士は、それぞれの安心の領域に入ることが許されるということです。
このこと、覚えておいてほしいところです。

「パラダイム」の共通点があれば“群れ”の一員になれる、ということです。
では、その“群れ”の仲間であれば、すべての仲間に同じように接しているのでしょうか。
友達や職場の仲間や家族のどの人に対しても、同じ接し方になっているのでしょうか?
あなたの所属している“群れ”の事思い出してみてください。
次回そのあたりについて考えていきましょう。

「安心の領域」について-3-

2011年08月07日 |

前回、電車の中での例をお話しましたが、もうひとつ別のお話。

5~6台のATMが並んでいる銀行で、一番はしに一人のお客様がいる事を想像してください。
次の人はどのATMを使うと思いますか?
先のお客様の隣を使うでしょうか。
答えは、NOです。
まあ、中にはそんな人もいるかもしれませんが、殆んどの場合、離れたATMを使います。おそらく、一番はなれた機械を。
そしてその次に来た人は、真ん中の機械を。
「安心の領域」が無意識に意識されているからです。

では、上記と同じ銀行のATMで。両端に一人ずつ人がいるとします。
右端の人は、なにやらぶつぶつ独り言を言って、時には大声をあげて機械を叩いたりしています。
左端の人は、普通に機械を使っています。
間には3台のATMが空いています。
あなたならどのATMを使いますか?

大部分の人は、普通に機械を使っている左側の人の横の機械を使うでしょう。
なぜなら、右側の人は何やら危なそうで、危害を加えられそうな感じがするからです。
でも、数学的確率で考えると、右の人も左の人もどちらもあなたに危害を加える確率は同じです。なぜなら、あなたはそのどちらの人も知らない人だからです。
でも一般的に危なそうな人であることは確かで、右の人と左の人のどちらかを自分の安心領域に入れなければならないとした場合、普通の感じがする左の人を選んでいるのです。
つまり、より安全であろうと思えるほうを選んでいるといえそうです。
この場合あえて危険を冒す必要はなさそうですからね。

今度は、比較的間隔をあけて置かれている公園のベンチ。
あなたは、仕事の昼休みの時間、買ってきたサンドイッチと缶コーヒーを食べようと空いているベンチを探していたところ友人を見つけました。
一人で食べるより二人の方が楽しいから近づいて横に座りました。
横に座られた友人も、にっこりと笑って応えてくれました。決して嫌だとは思っていません。
でも、まったく知らない人が、他にいっぱい席が空いているのに、わざわざ自分の横に座ってきたとしたらどうでしょう。
あなたならにっこりと笑ってその見知らぬ人と一緒にサンドイッチを食べるでしょうか。
いえいえ、殆んどの場合、いやだと思います。
中には、自分から席をたって離れる人もいるでしょう。
つまり、人間も犬など他の動物と同じように、自分の「安心の領域」に入る事を許すものとそうでないものとを選んでいるようです。

その判断基準は、知っている人かどうか、って事のようですが。
それだけでしょうか。

「安心の領域」について-2-

2011年08月06日 |

前回、犬(動物)の「縄張り意識、安心の領域」について話ました。

では、人間の「安心の領域」は、どんな出方をしているのでしょうか。

前回ご紹介した渋谷昌三先生の「おもしろ心理学」に詳しく出ていますが、
例えば、非常にすいている電車に数人の乗客(みんな他人同士)が座っているとしましょう。
どんな座り方をしているでしょうか。

寄り添って一つのシートに座っているでしょうか。
まさかそんなことはまずありません。
おそらく、可能な限り離れ離れに座っていると思います。

自分の「安心の領域」内に他人が入らないように、もしくは、他人の「安心の領域」を侵さないように。
人間は無意識のうちに、自分の「安心の領域」を意識しているのです。
もちろん「安心の領域」として認識しているのではなく、なんとなく距離を置いて座っているだけなのですが・・・。
あなたはどうですか?
空いていれば距離を置いて座りませんか?

人はそれぞれ縄張りと呼んでも良いような「安心の領域」を持っています。
その領域には、できるだけ知らない人に入ってほしくないわけです。
だから、上記のようにできるだけ間隔をあけて座っているのです。

人間も動物ですから、犬や猫同様“縄張り”を持っています。
ただ、それを守ろうとして、侵入者に対して威嚇したり吠えたりしないだけで・・・。
でも、その代わりストレスを感じたりしているのです。
だから、自力でその距離を保てなくなる環境(例えば満員電車など)では緊張したり、イライラしたり、気分が悪くなったり、というようなことになっているのです。

この、「安心の領域」も個人差があって、全く気にしていないような人もいれば、とても神経質に感じる人もいます。
人とのコミュニケーションにおいては、この「安心の領域」を意識できているかどうかが結構重要なポイントになってくるのです。

日常の行動において「安心の領域」を意識して行動している人も少ないと思いますが、
ほんの少しだけ、意識してみていると結構面白いものですよ。
あなたの周りにいる人たちの「安心の領域」を観察してみるのもいいかも知れませんね。

「安心の領域」について

2011年08月05日 |

“パーソナルスペース”という言葉を聞いたことがある人も多いと思います。

例えば、犬を散歩させて町内を歩いていると、道に沿った家で飼われている犬に激しく吠えられることがあります。
この現象は大抵の場合、その犬のいる家の近くを歩いているときに起こります。
つまり、その吠えている犬の縄張りに近づいた、もしくは彼の縄張りに入り込んだからでしょう。

試しに、その家からできるだけ離れて歩いてみると吠えられなかったりします。
このことは、犬が何らかの距離的、物理的領域(縄張り)を持っていることを表しています。

ところが、観察していると、私たち以外の別の人と犬がその家の近くを通っても、全く吠えない場合があります。
どうやら顔見知りの人と犬のようです。
吠えるというより歓迎している様子です。

このことから考えると、どうやら犬は自分の縄張り内に入れてもいい相手と、絶対に入れたくない相手を意識的に選別しているようです。
このことは動物全般が持っている性質のひとつです。

つまり、私たち人間も動物の一員である限り“縄張り”に類するものを持っているということになります。
ここでは、この“縄張り”のことを「安心の領域」と呼びたいと思います。
冒頭でお話した“パーソナルスペース”も同じことを指している言葉です。

近接心理学という心理学の一分野があります。
その中で“パーソナルスペース”という言葉が出てきます。
私は心理学者ではありませんので、学問的なことはお話できませんが、ホスピタリティ産業、サービス業は“人”とのふれあいの中で仕事をする産業ですから心理に興味を持つべきだと思っています。興味のある方は、渋谷昌三先生著「すぐに役立つおもしろ心理学 あの人の心の中が見えてくる」三笠書房・知的生きかた文庫 をお奨めします。
とてもわかりやすく面白く心理学が学べる本です。

私たちホスピタリティ産業に従事するものにとって、もっとも大切な目的はお客様に満足していただくことです。どんなにかっこいいサービスの技術を持っていても、どんなに深い知識を持っていても、目の前にいるお客様に心からの満足を提供できなければ何の意味もありません。
あなたが持っているそれらの技術や知識を最大限に活かすために、あなたの目の前にいるお客様の「安心の領域」に興味を持つことは、とても重要なことなのです。

さあ、あなた自身も含め、「安心の領域」について考えていきましょう。

心構えも準備のうち

2011年08月01日 |

何事も準備が大切、「準備8割」「準備9割」とか言われます。

確かに“備えあれば憂いなし”で「想定外」などといわなくて済むものです。

今朝の新聞に、第3回エスコfヒエ・フランス料理国際コンクールに見事優勝した、
浦和ロイヤルパインズホテルの竹下公平さん(33)の記事が載っていました。

世界の若手料理家の頂点なのですからすごいことです。
心から拍手をおくりたいです。

でも、この話題に触れさせていただいたのは、竹下さんが話している内容なのです。

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